[Dog]から[Dogma]まで、綴りではたった2文字増えただけだが、キム・シムヤにとっては6年かかった距離だ。犬を意味するギリシャ語から名を得た犬儒学派は、世の慣習と権威を嘲笑いながら生きた。その名を借りるなら、韓国ヒップホップシーンに向けて鋭い言葉を突きつけていた頃のキム・シムヤは犬儒に近かった。そして6年後、彼は教義を意味する言葉をアルバムのタイトルに掲げた。二つの言葉は綴りが似ているだけで、根は違う。ところが肝心のこのアルバムには、確固たる教義がない。デンマークの監督たちの「ドグマ95」にならって音楽版の十戒まで書いておいたが、自分自身が同意できるルールではなかったという。彼が最後まで守ったルールはただひとつだ。この作品が今の自分をどれだけ映しているか。
ただ、犬儒派は慣習を嘲笑うだけの人々ではなかった。彼らは自らを鍛える訓練、アスケーシス(askēsis)を通じて徳に至ろうとした。キム・シムヤの6年もそう読める。かつて嫉妬と妬みを原動力に振り回していた刀は鞘に収まり、その場所を、釈迦の哲学を学びながら交わした自分自身との対話と、楽しいからではなく苦しくても続ける反復が埋めた。鋭いラッパーがまったく別人になったのではなく、「犬」という名が最初から抱えていた修行へと歩み入ったわけだ。その道を傍らで共に歩いたのは、長い付き合いの友人たち、cjb95とccr、Mount XLRだった。

だから[Dogma]は正解を差し出すアルバムではない。スキップできない銀色のプレーヤーとしてもリリースされたこのアルバムで彼が望んだのは、音楽が流れるあいだのある瞬間、音楽が消えて聴く人だけが残る体験だ。以下の対話は、犬から教義まで、そのあいだをゆっくりたどった記録である。
Q. 2020年も今回も、反応は見ないと聞きました。では、リリース後に[Dogma]を最初から最後まで聴き直したことはありますか?
キム・シムヤ(以下キム): ありません。
Q. あえて置いておいているんですか?
キム: 昔は今回と少し違いました。完成してからかなり時間が経ってリリースされたので、意図的に聴きませんでした。聴き直すと、もうちょっと恥ずかしくなる部分が出てきてしまっていたんです。
今回のアルバムは1~2年経てば聴き直しても大丈夫だと思うんですが、リリースされるやいなやインタビューやらスケジュールやらが多くて、じっくり聴く時間がそもそもありませんでした。
Q. [Dog]以降の6年のあいだに、「FRIENDS GO FOE」、EP[w18c]、「WAY 2A HEAD」、[Bundle1.2]がありました。[Dogma]に収められた音のうち、いちばん昔に作った音は何ですか?
キム: たぶん「Zulu Love」の序盤だと思います。あれは本当にものすごく昔に作ったものです。少なくとも4~5年は経っていると思います。

Q. その頃はどうやってできた曲だったんですか?
キム: 「Zulu Love」は、僕の記憶では前半がcjb95という友達のビートでした。何かを考えて作ったわけじゃなくて、「これやってみる?」「いいよ」という感じでできた曲でした。だからアルバムに使われるとも思っていなかったんですが、アルバムを一緒に作った友達も事務所も、この曲はぜひ入れてほしいと言うので入れることになりました。
Q. 「Nature Boy」がサンプリングされていますよね。サンプルをぜひ入れようという意見はどう出てきたんですか?
キム: みんなすごく気に入っていました。僕はそれでも外そうという側だったんですが、僕以外に外そうと言った人がいなくて。

Q. 今年1月、SoundCloudでデモ「ZULU TIME 2020」と「100 DROPS - OG」を先に公開しましたね。「100 DROPS」は「HDI」になりました。リリースより先に出した理由はありましたか?
キム: あの2曲は、たとえば[Moonshine]やハードなラップを好む人たちへのメッセージのようなものでした。自分なりに「もうこういうアルバムは出ないから、こういうのを待っているならごめん。悪いけど諦めて」というのがありました。わざわざ「HDI」の原曲を公開したのも、「僕はここからこう行くから、それをちょっと分かってほしい」という意味でした。

Q. ある番組で、「ここまで行っていいのか」と思うところまで行ってから引き返したと話していました。どこまで行って引き返したんですか?
キム: 僕の感覚では、すごくBurialっぽい方向でした。ボーカルももっと削りたかったし、ラップアルバムという感じをもっとずっと消したかったんです。
でもその過程で、ヨーロッパのキャンプで完成した曲の中に、事務所がとても気に入ってぜひ入れてほしいという曲がありました。その曲でトラックリストを組もうとすると、序盤の方向性とはあまり合いませんでした。それでそこで修正しながら、リズムがもう少し強調された方向に行こうということになりました。
Q. 「WAY 2A HEAD」はソロアルバムの方向性を先取りするシングルとして紹介されましたが、アルバムからは外れました。理由はありましたか?
キム: もともとは「WAY 2A HEAD」のような雰囲気の曲がもっとたくさんありました。Blawanとやった曲も同じ質感でした。でも作っているうちに今のバージョンにたどり着いて、そのときこの曲たちをどこかに入れなきゃいけないのに、自分なりには居場所が見つからなかったんです。
友達と一か所でささっと作った曲だからか、居場所がない気がしました。曲はひとまず持っているので、次の作品で使うとか、そういう形になると思います。

Q. 「ドグマ」という名前から、1995年のデンマークの監督たちによる「ドグマ95」を思い浮かべました。10のルールを先に書いて、その中だけで映画を撮りましたよね。制作のときに決めたルールはあったのか、作りながら破ったルールもあったのか気になります。
キム: 実は、ドグマ95の十戒を音楽版にしたものを作ってあるんです。[Dogma]のアルバムをやるときにどこかで使ったら面白いだろうと思って作ったんですが、パロディなので原作の十戒からできるだけ少しだけ変えようとしたものだから、僕が同意できるルールではありませんでした。
それでも絶対に守っているのはひとつだけだと思います。この作品が自分をどれだけ投影しているか、それをいちばん大事にしています。
Q. シンクの問題ですね。
キム: はい、その問題です。良い悪いは別として、クリエイターの中には、自分がやっている作品と自分自身がまったく合っていない人もいると思うんです。それなりの理由はあるんでしょうけど、僕の基準ではそういう作品を面白く見るのが難しいんです。もっと商品に近い感じがして。
「最近作ったのある?」
Q. [Dog]の頃のHypebeastのインタビューで、cjb95(ジョンビン)、ccrと「セクター」というクルーをやっていて、シモ&ムードシュラの大ファンだったから集まったと話していましたね。あのアルバムの何に惹かれ、それが今の3人の音にどう残っていると思いますか?
キム: 当時の気持ちは正確には覚えていませんが、あのアルバムは暗い雰囲気からラップまで、今考えてもラップアルバムだと思わずに聴けるような感じでした。
たまたま今気づいたんですが、それが僕の今の目指すところでもありますね。ラップアルバムのように聴こえないこと。そして、そのすべてがあまりにも先を行っていました。それに若い頃に聴いたから、ずっと深くのめり込むじゃないですか。だからいつも記憶に残っています。

Q. 一種のショックだったんですね。
キム: そうでしょうね。典型的なラップスタイルでもなかったので。
Q. 同じインタビューで、シモさんを友達に紹介する立場になって誇らしかったと話していましたが、6年後にはその友達が今回のアルバムをほぼ丸ごと作りました。そのあいだに何が変わりましたか?
キム: まず、何を作りたいのかがずっとはっきりしたと思います。昔は、どんなスタイルの音楽でも気に障りさえしなければ、そこに自分のボーカルを乗せれば言いたいことはもう伝えたんだからいい、という考えもあったと思います。
だから考えてみると、昔は音楽をやっていても、ずっと言葉を話していた気がします。ずっと話して、考えを伝えていた。今は、どんな雰囲気の音楽をやりたいのか、これからどんな方向に成長したいのかがはっきりしています。
Q. 友達のみなさんも、それだけ経験を積んだでしょうし。
キム: みんなとにかくセンスがいいので、何かやろうとなると「最近作ったのある?」「最近使ってないのある?」って始まるんです。たいてい聴くとすごく良いし、それぞれが出す音楽も聴くとすごく良いから、確かにいいと思います。

Q. SoundCloudにセクターのアカウントがまだ残っていました。セクター時代はそれぞれ何をしていて、今までどうつながってきたんですか?
キム: セクターの頃は、オンラインクルーが多かった時代でした。みんなで何度か集まったことはありましたが、ほとんど仲のいい人同士で小さく分かれている感じでした。僕はもうジンスさん(FRNK)とやっていましたし。そんな時期だったので、当時はものすごく近い間柄ではなくて、そこから少しずつ仲良くなったと思います。ジョンビンがいいつなぎ役になってくれました。
グァンジェ(Mount XLR)とは、実は僕が社会服務要員の勤務を始めた頃に仲良くなりました。その頃グァンジェの作業室にすごくよく行っていたんです。それにジョンビンがサウンドサプライサービスをやっているので、そこで一緒にやるようになって、ジョンビンは何かやるときにいつもありがたいことに僕を呼んでくれるんです。「これやってみる? ここでちょっと何かやって」と言いながら、こうしてつながってきました。

Q. グァンジェさんの作業室によく行くようになったきっかけはありましたか?
キム: グァンジェがその頃アルバムを準備していたんです。僕もグァンジェにモジュラーみたいなものを少し習いたかったし、グァンジェもアルバムを作りながらあれこれアドバイスがほしい時期でした。僕は社会服務要員の勤務中でちょっと暇でもあったし、音楽的には何もしていませんでしたから。それでその頃すごく仲良くなりました。
Q. 今回のクレジットを見ると、作曲で5曲、編曲で9曲に名前が載っています。作曲に名前が入った曲は、どんなふうに作られたんですか?
キム: すごくいろいろです。「T-H-I-R-S-T-Y」の場合は、曲のいちばん最初の始まりが僕の書いたデモで、それがオ・ヒョクさんを経て、グァンジェを経て完成しました。「Move My Feet」は、変奏される前の部分は済州島で友達と作ったもので、後半はソウルに戻ってから僕が書いたものをくっつけました。
最近は、まず曲を書いてストックしておいて、それを友達や海外のプロデューサーたちにばっと配って編曲してみてほしいと頼む、というやり方が面白くて、そうしていると思います。

Q. 編曲を任せるときは、自由を与えるほうですか、具体的に注文するほうですか?
キム: ほとんど何も言わずにそのまま送ります。それが好きなんですが、そうするとアウトプットにばらつきが出ることもあるじゃないですか。だから誰に送るか、プロデューサーをすごく慎重に選びます。「この人はこういうことをする人だから、これを送ればこうするだろう」と信じて、何も言わずに送るんです。
Q. 編曲を受け取ったあとは、どんなふうに関わったんですか?
キム: 「この曲とこの曲をくっつけよう」とか、「ここからこの素材だけ抜くね」とか、そういう部分です。構造的な部分、サウンド的な部分、細かいところです。

Q. cjb95、ccr、Mount XLR(グァンジェ)。3人のプロデューサーは、スタイルや力を入れるポイントがそれぞれどう違いますか?
キム: それぞれが自分のものをやるときはどうか分かりませんが、3人を一つの部屋に置いたときのシナジーはすごくいいと思います。cjb95はまったく大衆的なことをやらないのに、いちばん大衆的なポイントをうまくつかむと思います。
ccrは間違いなくリズムです。フットワークをやってもフットワークがすごくうまいし、ヒップホップを打ち込んでもヒップホップがすごくうまい。フットワークやヒップホップのドラムと質感は、僕の基準では磨かれていない荒々しさを生かすことがすごく大事だと思うんですが、それを本当にうまく生かします。
グァンジェは、実は僕たちの済州島キャンプでのAIでした。注文するとほぼそのまま出力されるんです。「おい、これちょっと直さなきゃいけない気がする」と言えば。それに全体的なムードは、僕は結局UKをベースにした、少し憂鬱で暗い感じのものが好きなので、グァンジェがそういう雰囲気をすごくうまくつかんでくれます。
お互いにフィードバックし合うので、僕たち4人が集まると、本当に長所だけをお互いに残していく感じです。行き過ぎだと思えば、残りのメンバーが削ってくれますし。

Q. グァンジェさんと作業するとジンスさん(FRNK)を思い出す、横でたくさん盗んでくると話していましたね。肩越しに何を学んでいるんですか?
キム: 本当に単純なところでは「そのプラグインいいね」かもしれないし、ショートカットキーかもしれないし、「ドラムをこう打ち込めばもっと速く打ち込める」「もっとグルーヴが生きるように打ち込める」みたいなことかもしれません。本当にいろいろです。
何かを学びに行くんじゃなくて、ただ横にいて耳に入ってくるものなので、ずっと腰を据えて長く座っているほど多くを学びます。だからランダムのくじ引きみたいに学んでいる気がします。
Q. [Dogma]の制作中、友達と一緒に聴いて「こういうのいいね」となった音楽はありましたか?
キム: 特になかったと思いますが、僕個人としては友達の音楽をたくさん聴きました。本人たちが出したものを聴くと何を考えているのか分かるので、すごく助けになります。

Q. 今回のアルバムで研究したかったのはディストーション系で、強いコンプレッションが、昔快感のためにネガティブな歌詞を吐き出していた感覚に似ていると話していました。その感覚がいちばんよく聴こえる曲や部分はありますか?
キム: 僕が手を加えたわけではないんですが、「T-H-I-R-S-T-Y」のボーカルのないサビがその例だと思います。言葉がないのに何かをまくしたてているような感じ。わざわざ言葉にしなくても伝えられるんです。
Q. ディストーションは、いろいろかけてみながら勉強したんですか?
キム: それはどれだけ潰すかの問題です。ディストーションのブランドを研究するというより、好きなディストーションがいくつかあって、そのノブをどれだけ回すかという考え方だと思います。ここではディストーションがなくて、ここで突然ガツンと入ると、また何かを伝えられますから。どこにどれだけ使えばいちばん効果的か、そういうことを考えるんです。
「彼らの姿勢がいちばん新しかった」

Q. 曲順は、初めて周りのフィードバックを積極的に受け入れたと話していました。誰の言葉がいちばん大きかったですか?
キム: やはり事務所の意見がいちばん大きかったです。でも、すごく細かい要求があったわけではありません。僕と友達が全体的なものを作っておくと、事務所から「ここでこの1曲だけこうしてみたらどう?」という感じで完成しました。
僕が思うに、事務所の役割は結局、何がかっこいいかも分かっていながら、大衆に届けるときにどうすべきかも分かっているということです。僕は大衆的にどうすべきかは本当に見当がつかないので。その両方を分かったうえでディレクションをくれるわけだから、ある程度はそのまま信頼できるんです。
大衆的なことだけを考える事務所だったら死んでも言うことを聞かなかったでしょうけど、分かっていながらここまではやらなきゃいけないと言ってくれるわけですから。それはリーズナブルですよね。

Q. Blawanは自分から起用を頼んだんですか、それともBANAが送ったリストから選んだんですか?
キム: 事務所から、今度ヨーロッパのキャンプに行くので一緒にやりたいプロデューサーのリストを送ってほしいと言われて、そのリストにBlawanがいました。正直、実現するとは思っていませんでした。「まさかBlawanは無理でしょ」と思っていたら、Blawanに会いに行くと言うので、グァンジェもBlawanが本当に好きなので「Blawanに会ってきて、Blawanのステムをお前に渡すから一回やってみよう」と言いながら行ったんです。
Q. Blawanはどうやって知って、どんなところに惹かれたんですか?
キム: たぶんディギングしているうちに見つけたんだと思います。かなり前のことですが、とにかくリズムが独特で、質感が独特なので。クラブチューンの中で、少し暗くて面白いものを探そうとしていて見つけたんだと思います。

Q. ドグマ・セッションのCid RimとSimo Cellも、自分でリストに入れたんですか?
キム: Simo Cellも僕のリストにいました。Cid Rimは、事務所が僕のリストをもとに、合いそうで面白そうな人を選んでくれた中の一人でした。キャンプに行ったときは、そうやって混ざっていました。

Q. Cid Rim、Simo Cellと作業しながら、音楽的に開けたポイントはありましたか?
キム: 確かに感じたのは、ヨーロッパの友達は音楽を作るとき、なんて言えばいいか分からないんですが、自尊心というか、自己確信がすごく強いと思います。僕は曲を書くとき、たとえば1曲にトラックが8つなのに曲が完成したように聴こえると、なんだか不安になるんです。「8トラックでこの1曲になるの?」って。
ずっとそうなんですが、横でこの友達を見ていると、いい素材をひとつ選んでぽんと置いておけば、それで十分なんです。僕が聴いても十分ですし。そういう部分でたくさん殻を破ろうとしたと思いますし、「聴いて良ければそれでいい」というのが少しできました。
Q. テクニックではなく、姿勢を学んできたんですね。
キム: あのキャンプから帰ってきてからは、音楽が与える感情にもっと集中して作業している気がします。本来ならもう少し技術的にアプローチしていたと思いますが、技術的なことも良いけれど、今は聴いたときの感情をより優先するようになりました。
Q. 僕はリバースのような技法を学んできたのかと思っていました。
キム: そういうのはずっと昔からやってきたので、新しいものではないんです。彼らの姿勢がいちばん新しかったです。
「スキップできないということ」

Q. 北京のFM3のブッダマシーンもあるし、お寺で売っている念仏機もありますよね。デバイスの設計やスピーカー、再生方式を決めるのには、どこまで関わったんですか?
キム: 関わったのはほとんど色くらいです。銀色で出るデザインくらい。僕はそのポイントだけを見ました。スキップできないということ。それがいちばん大事でした。
Q. ミュージックビデオはパク・チャンギョン作家と作りました。事務所の提案だったと聞きましたが、作家とはどうやってやりとりしたんですか?
キム: まだ直接お会いしたことはありません。事務所から、パク・チャンギョン作家と一緒にやってみるのはどうかと言われました。調べてみたら映像がすごくかっこよくて、作品の中に仏教に関するものもあったので、ぜひと言いました。やりとりは事務所がしてくれて、完成した26分の音源を丸ごと送ったら、パク・チャンギョン作家が草案の映像を送ってくれました。
それを見て、大きく手を入れるところはありませんでした。それが本当に最初の草案なのか、事務所が一度受け取って整えた草案なのかは分かりませんが、とにかく僕が最初に見たときは、フィードバックすることがほとんどありませんでした。

Q. カバーの話はまだ誰も聞いていないみたいですね。カバーはどうやって作られたんですか?
キム: カバーは、僕たちが済州島でソングキャンプをしていたとき、アルバムが少しずつ完成していくなかで、4人で自然とカバーの話になりました。ジョンビンもドフンも僕も、デザインに興味があるので、みんなちょっとできるんです。イラストもやるし、Photoshopもやるし。
それで「カバーでもやってみる?」と言いながら、それぞれカバーを作ってみる時間を少し持ったんですが、遊びながら候補がずらっと出てきました。それを事務所が気に入ってくれて、その中のひとつを選んで、そうなりました。
「キックには牽引されていく感じ」

Q. [Dog]の頃は、カニエがゴスペルをサンプリングするように仏教音楽をサンプリングしようとして失敗したと話していました。Pitchforkのレビューは「Me Life & Nothing Else」に仏教の読経のように聴こえるサンプルがあると書いていましたが、合っていますか?
キム: 合っています。でも、まだ成功はしていないと思います。
Q. 目指している段階が別にあるんですね。
キム: 僕が望むカニエ式のゴスペル・サンプリングは、ゴスペルそのものがその曲の本当のメインメロディ級のサンプルの役割を果たさなきゃいけないんです。でも「Me Life & Nothing Else」での仏教の読経は、僕の感覚ではノイズやアンビエンスが担う役割を代わりにやっているだけなので、メインの素材の役割はできていません。まだもう少し研究しないと。
Q. [w18c]の頃、プロデュースが一種の瞑想のように感じられたと話していました。そのとき身につけたもので、今回のアルバムに持ち込まれたものはありますか?
キム: 今回のアルバムではそれほど目立ってはいませんが、ずっと研究しているのは、自分の声をどう使うかです。一般的に4小節、8小節とラップのようにどんと置く以外に、別の方法はないだろうか。そういうことを実験してみたのが[w18c]でした。
[Dogma]にも「HDI」はありますが、あれはごく一般的に使われるやり方ですから。だからずっとその方面で研究していると思います。

Q. [LANGUAGE]の頃は韓国語で長く語っていましたが、今回は文が短く、反復が曲の胴体になりました。最近はどうやって歌詞を書いているんですか?
キム: できるだけ日常から、無理のないものを書こうといつもしてきました。最近は釈迦の哲学を学んでいるので、自分自身との対話が大きな比重を占めていて、そういう内容です。自分について発見したことなどをいつも書いているので。
だから昔に比べると確かに書くことがなくなったし、いつも内面をのぞき込んでいるので、外でどんな騒がしいことが起きているかにあまり興味がなくて、歌詞の内容もそうなったんだと思います。
Q. 歌詞の反復も、修行の一種だと見ていいですか?
キム: そうですね。実は瞑想にしても哲学の勉強にしても、僕にとってはかなり苦しいことなんです。楽しいからやっているわけじゃなくて、すごく大変だけど、それでも学びたいからやっているんです。そういうものを音楽的に使えるもののなかでは、反復がいちばん大きいと思います。

Q. 今回のデバイスも、念仏機も、テクノも、果てしなくループしますよね。あなたにとって、キックドラムの反復と呼吸を数える反復は同じですか? 違うなら、どこで分かれますか?
キム: 確かにキックには牽引されていく感じがあります。誰かが拍を数えてくれているので、ただそれについていけばいい。でも呼吸に気づいたり、お腹の動きで数えたりすることもあるんです。そういうのは自分で直接コントロールしなきゃいけないので、ずっと努力が必要な感じです。
だからフィジカルのプレーヤーで聴くときは、そのあいだのどこかの体験を作ってみたかったんだと思います。反復的なときもあるけれど、ドラムがまったくないときもある、そういう部分です。なぜなら、音楽を消費したいのであって、いきなり瞑想したいわけじゃないじゃないですか。だから完全にそうすることはできないけれど、少しそういう感じ、ということです。

Q. デバイスの曲順をすごく苦労して組んだと話していましたが、瞑想機器と音楽の接点を合わせるためだったんですか?
キム: そうですね。瞑想といえば、人々が言うトランスという状態があるじゃないですか。そこへ行くには…テクノが反復的なのは伊達じゃないんです。そうしてこそ、確かに音楽が流れているのに、ある瞬間音楽が消えて自分だけが残る体験ができるんです。そのためには本当にそれくらいの反復が必要なんですが、僕はそこまではやりたくないし、かといってそれをやりたくないわけでもないので、そのあいだを探そうとしました。
Q. アルバムに入っていないデバイス専用曲は、最初からデバイス用に計画していたんですか?
キム: 考えてみれば、プレーヤーに入った26分がアルバムとして使われていた可能性もありました。「プレーヤーをやるからこういうのを作ろう」というより、こういうものを作っていて、それならそれはプレーヤーで出すのがいいね、となったのに近いと思います。順番で言えば、音楽のほうが少し先でした。

Q. 怒りという刀を鞘に収めておいて、必要なときだけ抜く練習をしていると話していましたね。今回のアルバムを作りながら、その刀を抜いた瞬間はありましたか?
キム: ほとんどなかったと思います。[Dogma]で比較的鋭い言葉は、ほとんどが昔書いた歌詞で、最近書いたものは書きながらもそういう感情が特に湧いてきませんでした。それがうまくコントロールできているようで、すごく良くなりました。
Q. デバイス側の曲には鋭い歌詞がけっこう見えます。その刀をここで抜いたんですか?
キム: そこにある歌詞も昔書いたものです。それに、たまに刀が抜けることはあるんですが、そういうときに無理やり戻すわけじゃなくて、抜けたなら何かしら斬ろうということです。ただ、斬る対象が変わったと思います。
昔は嫉妬や妬み、欲のようなものをもとに対象を選んで振り回していたとしたら、今はそういう感情に昔ほど大きく振り回されないので、斬るときも、正確になぜ、何のために斬るのかが大事だと思います。理性がある状態で刀を振るうんです。昔は理性を失ってめちゃくちゃにやっていたとすれば。
「今は友達が止めてくれるんです」

Q. 9月23日、済州のハウス・オブ・レフュージで開かれた池田亮司の展覧会オープニングパーティーで、久しぶりにXXXとしてステージに立ちました。お二人が同じステージに立ったのはどれくらいぶりですか?
キム: 少なくとも6年以上は経っていると思います。すごく久しぶりでした。
Q. その日のステージがどう記憶に残っているのか気になります。
キム: すごく不思議な感じでした。急に若い頃に戻ったようでもありながら、最近まで一人でステージに立つことが多かったので、「そうだ、こんなに心強かったんだ」という気持ちにもなりました。
二人でよくライブに出ていた頃、ときどきやっているうちにシンクが合って一緒にリズムに乗ることがあったんですが、あまりに久しぶりだったので、ただすごく不思議でした。すごくほんわかしていました。
Q. FRNKさんは[Dogma]を聴いて何か言ってくれましたか?
キム: すごく良かったと、僕がどんな方向に成長したのか、どこに行きたいのかが見えて、すごくいいと言ってくれました。
Q. 別のインタビューで「ジンスさんのせいじゃなくて、本当に自分のせいだったんだ」と話していましたが、今回FRNKさんなしで作業しながら、それを確かめた瞬間はありましたか?
キム: それでも結局、もともと僕たちが行き過ぎているとジンスさんが止めてくれていたとすれば、今は友達が止めてくれるんです。だから考え方そのものが変わったと思います。
昔は一人でこれを全部やってみたいという思いがすごく強くて、欲もすごく大きかったんですが、今はそれよりも、僕たちがどこまで幸せに楽しく音楽を作れるか、どれだけ多くの人と一緒にやれるか、どこまで行けるか。その方向にもっと欲が出てきた気がします。

Q. 今回のアルバムは、集まって楽しみながら作ったものに近く見えました。
キム: それがすごく大事だったと思います。ジンスさんや他の人たちがどうだったかは分かりませんが、昔の僕は音楽を作るとき、あまり楽しめずにやっていた気がして。振り回して、結果にすごく執着して、もっと行かなきゃ、もっと売れなきゃって、そこに縛られすぎていました。
でも今回、ヨーロッパのキャンプを皮切りに作業しながら、ただ楽しくやりたいという気持ちが強くなりました。済州島のキャンプもだからああいう形になったし、実際すごく楽しかったし、それでこうなったんだと思います。
Q. ある番組で、10年前の自分ならこのアルバムを「ヤマが抜けてる、抜け殻だ」と言っただろうと話していましたね。その彼に今の作業のやり方を見せたら、何と言うと思いますか?
キム: 理解できないでしょうね。それに、ヤマのない(肝の抜けた)アルバムだと言うのも、結局はサウンド面より内容面に近いんです。典型的なラッパーとしての態度が抜けているアルバムだと思うので。だから昔の僕ならたぶん「ビートはいいけど、このラップの内容はなんなの?」と言ったんじゃないでしょうか。何かを殺そうとするようなところがあまりないですから。
Q. cjb95、ccr、Mount XLR。3人がこのアルバムに残したものをひとつずつ挙げるとしたら?
キム: まず、ccrが残したのは間違いなくヤマだと思います。内容的なものではなく、音的な、質感的なヤマです。ccrという友達自体がヤマの塊なので、それがある気がします。cjb95はそれでもヒップホップ的なものを確実に手放さず、ちょうどよく隠しておいてくれました。そしてMount XLRは、やはり僕がこれから行く新しい方向で、「僕たちはここから出発する」というものを一緒に示してくれていると思います。
Q. LPは集めるけれどLPでは聴かないと話していましたね。このデバイスを買った人が5年後に電池を入れ替えて再び再生したとき、どんな体験をしてほしいですか?
キム: 結局は、自分自身に出会う体験だと思います。僕も勉強して修行しながら、何をしても結局は自分を見ているんだと分かりました。僕が音楽を作って、聴く人が僕の意図を理解するかどうかが重要ではなくなった理由も、結局僕が芸術を消費するときも、その人の意図が何だったかは重要ではないからです。
自分がそれをどう解釈したかが大事なんだと思います。自分がしたその解釈が、自分が誰なのかを教えてくれると思うので。だから、そのすべてが自分が誰なのかを探していく過程だから…。

Q. [Dogma]はデバイス、ミュージックビデオ、デジタルでリリースされました。そのときどきで自分に合ったやり方で聴きながら、自分自身を探せという意味だと受け取っていいですか?
キム: まず、プレーヤーと映像は、音楽よりも映像そのもの、プレーヤーそのもののほうが大事です。僕としては、映像を見ながらも音楽が消えてほしいんです。見ているうちに、ただ自分と別のことを考えている。プレーヤーも、静かに一人でかけて聴いていると、ある瞬間別のことを考えているんですが、僕はそれが瞑想にすごく似ていて、大事なポイントだと思っています。
それからデジタル版は、ちゃんと活動もしてお金も稼がないといけませんから。それでも面白くて良いものとして出しました。
Q. 最後に、このアルバムをデバイスで買った人たちに、電池を入れる前に伝えたいことがあれば。
キム: まず、電池は別売りだということをお伝えしないといけないと思います。それから、あまり理解しようとしなくていいということです。ただかけておいて、かけておいたそのものから感じるすべての感情が…僕がその正確な感情を意図したわけではないんですが、ただかけておいていろいろなことを考えて、一人で自分と向き合う、そういう状況を作りたかったんです。
だから、あまり理解する必要もないし、理解できないからと腹を立てる必要もないし、よく理解できたからといって得意になる必要もない、そういうことだと思います。
文: チェ・スンイン(Gaeda)

